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町会のあゆみ

当町はその昔人家も稀な武蔵野の原でしたが、江戸初期の頃より次第に人口も増し、現在の氏神、「上赤塚氷川神社」を中心に集落を形成し村落となりました。
昭和7年東京市制を機に「上赤塚町会」を結成し、 同年「向台町会」を分町させました。(向台町会は、現在は成増南町会と改称)
当町は町会長真壁静一郎氏、 川上丑五郎氏、 松戸初五郎氏等歴代の町会長のもとに益々発展しましたが、 昭和21年3月マッカーサーの全国町会解散令に依り解散、同年4月「上赤塚消防防犯第一後援会」を結成しました。
昭和27年4月「上赤塚第一町会」と改称し、 その後平成10年4月に現在に続く「上赤塚町会」と改称しました。